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いじめや体罰による自死について♪



いつも不思議なのだけれど、気の毒にも「いじめ」や「体罰」を苦にして自死する子どもの、事前のサインを、親はどれほど察知していたのかと・・・。

遺族の方には心よりお悔み申し上げるが、我が子が死んでから、いじめの加害者や体罰教師に訴えても自死した子どもは帰らない。そのエネルギーの少しでも、事前にもっと発揮できなかったものだろうかと、惜しまれて仕方ない。

いじめたり体罰を加害する者は、自分の能力や強さに自信がないから、ストレス発散や優越感を得るために、ターゲットを絞って執着してくる、およそまともに物事を考えられないバカ者である。そんな輩の近くに、我が子を晒しておくことは非常に危険で、いつか何とかなるだろうなどという考えは危機感が無さ過ぎる。彼らは野放しにされている犯罪者だ。野獣のいる荒野からは、親は我が子を緊急非難させなければならない。

大学を出てすぐに教師になり、「学校」という特殊な社会の中だけで生きて来た人たちに、全て任せておけるというわけがない。「授業」のみならず雑務の多い先生たちが疲れて切っているのは、長い子育ての中で容易に理解できる。精神の安定している教師が果たして何人おられたか・・・。教育は基本的には親が施すもの、学校に頼り切るのはいかがなものか。

いじめにあった子どもたちは仮病を使ってでも学校に行くべきではないし、愛情の無い凶暴な教師からは逃げていいのだ。親は、いまある生活水準を落としてでも、転校や転居といった思い切った手段を事前に講ずるべき時代に来ていると思う。

ただ、親子関係が希薄だと、親が子供の出しているサインに気づかず、登校をいぶかる我が子を無理やり荒野に送りこんでしまったりするのだろう。

子どもは親が思っているよりもずっと、親に対してプライドがあり、大事な親に自分が情けなくいじめられているなどとは、決して言えないし、知られたくもない事だろう。親は子供の言葉を額面通りに受け取っていては努力不足である。学校から帰って来た時の様子から、今日どんな事があったか見抜ける力が必要だ。顔色や食欲、言葉の覇気、リアクションの強弱から子どもの内面を推し量れなければ親ではないと思う。

学校から帰って来た時に元気がなければ、「なんか嫌なことあったの?」などと無神経に聞くのではなく、まずは笑顔で迎え入れてやり、美味しいおやつを他愛のない会話で共に食し、少しずつハートをほぐしてやるところから始めればいい。そして、腫れものに障る様にするのではなく、あなたがわが家にとって必要な存在なのとばかりに、家事を手伝わせればよい。

子どもは親からたっぷり愛してもらえていれば自信をつけていくし、艱難から立ち上がる力を備えていくものだ。自らを、「誰からも愛される資格がない者」と思ったときに、人は生きる力を失ってしまうのだろう。
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by kaori40712007 | 2013-02-09 17:30 | 育児・教育 | Comments(0)
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楽しい日々♪


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