マダムSadayacco.com

eddiekaori.exblog.jp ブログトップ

<   2014年 03月 ( 29 )   > この月の画像一覧

井手町「地蔵院」のしだれ桜♪

e0233614_18184792.jpg
                                                   (平成26年3月31日撮影)

京都府南部、井手町「地蔵院」の桜に今年も会いに来ましたよ。昨日の大雨の後ですから、蕾が一気に膨らむに違いありません。思いたって、入学式前日の娘と、急遽お出かけです。

e0233614_1818541.jpg


今から287年前、京都「円山公園」のしだれ桜を枝分けした、といわれる地蔵院の桜、ここ数日が満開です。


e0233614_18195623.jpg


地元のお婆さんに伺ったところ、子どもの頃はもっともっと大きく沢山の花を纏っていたそうですが、樹医さんに聴診器をあててもらったところ、少し病気もあって数年前枝を大きくカットされてしまったようです。

e0233614_18191599.jpg


「病気なんかじゃないわ、更年期だっただけで、もう大丈夫よ♪ 自慢の枝を切らないでほしかったわ。」
私には風にそよぐ桜がそういったように聞こえたのですがね(笑)。

e0233614_18192541.jpg


ここ、地蔵院は拝観料も駐車料金もとらない開放的なお寺です。

e0233614_1819321.jpg


人々が春の優しい風に抱かれて、微笑んで挨拶を交わしてくれる町です。

e0233614_20462065.jpg


毎年さくらと対峙して思うのは、この花のように、咲く時には狂おしいほどに激しく咲き、散り際心得、潔く去っ
ていけるようでありたいなと。

e0233614_1820394.jpg


・・・そして、待ってくれている人の為には、うんと力を貯め込み、更に美しく再び咲けるような、そんな女でありたいなと。



(昨年は4月4日に訪れ、毎日写真撮影にお越しのジェントルマンから、三日前が満開と聞きました。今年も開花は同じような感じです。満開をご希望の方はお急ぎください。山を下りてすぐの「玉水川堤」は五分咲きでした。今週末が見頃かも。)
[PR]
by kaori40712007 | 2014-03-31 19:35 | Comments(0)

ご機嫌だぜ♪



大学時代に、とても素敵な先輩がいた。初めてチークダンスを踊った人。後ろ姿のとても切ない人だった。
横から見ると、瞳がとてもキラキラしてて(当事シャイで真正面から瞳が合わせられなかった)、ハートの綺麗な清志郎にとても似た人だった。

清志郎を教えてくれてくれたのは先輩だった、ライブにも一緒に行った。

「ご機嫌だぜ♪」

という言葉の意味がその時は、分からなかったけど、いろんなことがあってもさ、自分の意思を貫いてさ、辛いところもくぐり抜けながら、時には火の粉を浴びながらでも、自分らしさを最大限生かして命を燃やして生きようぜ♪そうすれば、「気持ちイイ」「気持ちイイ」んだよ。

そんな事を清志郎は、教えてくれてたんだなと思う。

割に合わない事も、腑に落ちない事も、誰もやらなくて仕方が無いからやりましょうか?って感じでやってるうちに、同じような仲間に恵まれて、今「気持ちイイ」人たちと生きていられるのだなと思っている。

先輩、清志郎、やっと、わたし、いま「ご機嫌だぜ♪。イエィ!」。

もう一度、清志郎のコンサートに大学時代の大好きな先輩と行きたいなと、ふと思うことがある。もう二度とかなうことのない願いなのだけれど・・・。


こんなこと、云つてしまえる歌手は、後にも先にも、もう出てこないよね。恋しいな・・・。


[PR]
by kaori40712007 | 2014-03-31 08:13 | Comments(0)

死生観♪



半世紀近く生きて来て、ようやく周りはすべて大好きな人ばかりになった。嫌な人が全くいなくなった。実生活のみならず、ブログ上でも、素晴らしいブロガーさんばかりと出逢う。その人たちのブログが琴線に触れるのは、「死生観」に共感できるからだ。

海外に住んだことのある人や、戦争体験者、大病を患った人や大恋愛した人に多いのだが、既成の概念が、異文化や非日常の中で揉まれて大きく崩れると、人は「殻」が破けて大きくなる。私はこれを「弾ける」と表現するのだが、美しく弾けた人は精神が自由で、瑞々しい感性をどんどん生み出し、愉しくて仕方が無い状態にあると思っている。生活の優劣は、金銭の多寡も大いに関係があるけれども、それ以上に、個人の精神からどれだけ豊かなものが生み出せるかどうかにかかっていると信じている。

どのような状況でも、時代でも、生きることを楽しめれば、生まれてきて良かったというもの。

驚くようなことが発生しても、事は行くべき方向に収拾し、自分ではどうにもならない事も多々あって、泣いても笑ってもさほど結果が変わらぬことに気付くと、人は、少しでも幸運を呼び込むために笑うことになるのだ。これは人間が本来持っている生命力の「源」、いわば本能のようなものだと思っている。

阪神大震災で、家財道具を沢山失っても、むしろ物が減って良かったと思っている自分に驚いた。なんか怪我してるけど、痛いということは死ななかったんだ、血が流れているということは心臓が脈打っている証拠。ラッキー♪ もう少し生きていけるんだ。と思って外に出たら、社宅の寝起きスッピン奥さんたちのまゆ毛が無くて、連れてる子どもを確認しないと、誰か分からないことがめちゃくちゃおもろくて・・・。ガスも水道も止まって、何かえらいこっちゃけれども、乳飲み子抱えて、社宅の皆の為にも頑張ってる私、可愛いやん、弱虫じゃ無かったやん♪ 隣の旦那さんが、箪笥の下敷きになっていて、我が夫が大きな桐ダンスを独りで持ち上げ、助けてあげたのを見て惚れなおしたり、「すごい!」「すごい!」の連続で、アドレナリン全開で生きていることを実感できた。有事の際の、その人となりが期待せずとも再確認できたことで、確たる人間関係を築けたし、自分の動物としての能力を知ることとなった。こういうことを想うのは、被災者の方には申し訳ないのであろうが、自分も同じく被災者なので、素直に実感することが出来たのだ。あのとき助けてくれた人へのご恩は一生忘れないし、だれが本当の友達で、まやかし者かも判断できた。

カナダで大停電だった時も、氷点下25度の外気温に室内がどんどん近付いていく中、幼い子供二人と布団の中で体を寄せ温め合ってるうちに、いろんな話が弾んで愉しくて、ろうそくの明かりが異様に優しく感じられ、このまま凍っちゃっても幸せだわさと笑えたり。お高くとまっている、金持ちの医者の奥さんが別人のように気弱になって、普段偉そうに言ってる私んちに転がり込んできた時には、温めたげよか?と余裕をかませて仕返しできたし(笑)、ビトンやエルメスの話しかしない女の底の浅さに笑えたし。

3,600億円の負債を抱え倒産した会社の、個人信用保証17億円を残して亡くなった父の財産整理をして、後に更に10億円の債権請求者が現れた時には、なんだか額が大きくなった分スケールが大きくっていいやん、他にもう無いか?矢でも鉄砲でも持ってこいよ!などと不謹慎な事を想い笑えたり・・・。債権者には申し訳ないけど、銀行さんって、晴れてる時に傘を貸してくれて、雨が降りだしたら傘を取り上げるような事するじゃない!?お互い様よね。アッカンベーだわよね。申し訳ないけど、私相続放棄します、経営に一切関わらなかったのだし娘というだけでこんなむちゃな額請求されても返せません、返しません。罪悪感ないことにも笑えた。

とにかく何もかもおもろ可笑しいのだ。気がふれているわけではない。美しいものを見れば感動するし、悲惨なニュースには涙も怒りもする。でも自身に起こったことには全て笑えるものだから、生きるのが「楽」になったし、もう十二分に楽しい事を貪りつくしたし、一番欲しいものを手にしたから、いつ死んでもいいと思って生きている。日々起こる事はすべて「儲けもん」なのである。

すべて愛おしいし楽しい。

よく戦時中の人は大変だった。今の平和な時代に生まれた事を感謝しようというけれども、戦時中だって心中幸せだった人は沢山いたと思うし、おそらく私や娘たちは、ジョークを飛ばしながら、戦火をくぐり抜けてたと思うし、そのように育て、活きているつもりだ。

世の中にはいろんな不条理や不公平があるけれども、神が人間に与えた唯一平等なことといえば「死」。
それはいつやってくるか分からないという点でも、けれども必ずやってくるという点でも皆同じ。神が人々に与えた唯一の平等「死」に向かって歩むと思えば生きるということは楽しい筈なのだ。道中光を浴びて愉しむも、暗闇を選んで歩くも自分次第。全ての事は自分に起因すると思えば、全ての者や人を恨んだり責めたりする「執着」からも解放され、我が身に起こることを潔く受け入れ、清々しく軽やかに生きられる。

望むと望まざるとに関わらず、ある日突然丸裸でこの世に送り出され、よーいドンで前進せざるを得ない生を、思う存分謳歌したいと思う。

インドで道端で死んでる人の表情が安らかだったのは、「空」を理解し、自分の業を受け入れ、存分に生きた人のそれだったのだと今では理解できる。ぼろは着てても笑顔で死ねる人でありたい。出来ればいいお洋服を着てはいたいけれどもね、お洒落大好きだし(笑)。



e0233614_94223.jpg

                              (興福寺 「飛天」)
[PR]
by kaori40712007 | 2014-03-30 07:19 | Comments(2)

つくつくしんぼ、つくしんぼ♪

e0233614_1652013.jpg



この時季だけ土手に群生する土筆。これを食べると「春が来た!」と毎年思う。

娘たちはこれが大好物で、節の皮、袴(はかま)取りも、喜んでする。


e0233614_16304341.jpg


何と言っても卵とじが最高♪。ほろ苦さがね、春の訪れを舌先に伝えます。


e0233614_16305128.jpg



摘みたて「つくしんぼ」をさっと湯がいて、ごま油でさっといため、酒・みりん・醤油をさっとからめ、とき卵を入れたら出来上がり。調理時間は一分もかからないお手軽料理なのに、最高のお味。

野から摘んでくる手間と、袴取りの手間・・・下ごしらえって言うんだけどね、それがスゴークかかるけど、味付けがあっさりしてるから美味しい所、「子育ての極意」と一緒ねなどと思いながら、優しい日の光を浴びながら、娘たちと「春」を頬張った。

うぅ~ん、大地の恵みに感謝、深謝♪


[PR]
by kaori40712007 | 2014-03-29 05:36 | Comments(3)

朝日の効用♪



長女は現在剣道三段の女剣士であるが、三歳までは免疫不全で骨髄移植が必要と言われていた。蚊に刺された所を掻いただけでも膿ではれ上がり、ハイハイの頃は、一日中家中をエタノール消毒して回っても、うっかり口に手を入れて、歯茎が膿んで、切開の手術をしたり、院内感染で滅菌室に隔離されたりもした。

病名は「好中球減少症」。通常人体の白血球には好中球という物質が約半分含まれており、体内に侵入してきたバクテリアを殺してくれるという役目を果たすのだが、娘の場合は生まれつきこれが皆無だった。完全母乳で育てたので、最初の半年は母乳の免疫で守られすくすくと育っていた娘は生後半年を過ぎるとみるみる衰えていった。

チューブで繋がれ、人体実験さながら、研修生や大学病院の先生たちに組織をとられ写真を撮られ、検査だ注射だ点滴だのと、可愛いわが子の悲惨な姿を見て、胸が張り裂ける思いをして過ごした。良く笑う子だったのに、青白い顔して無表情になり、ついにはストレスで点滴チューブを娘が食いちぎった時・・・、

私は一大決心をした。

「こんなことおかしい。健康体だってこんな環境に子どもを置いたら病気になってしまう。退院してしまおう!そうだ、退院させよう!これは母の使命だわ。医者や医学書がなんだかんだのと言ったって、最後までこの子を育てるのはわたしなのだから、朝日を浴びさせ、どうにもならない時だけ医療に頼ろう。」

花が、庭の南側にいるより、東に居た方がずっと綺麗に沢山咲く事を、なぜかこの時思いだし、強硬退院したのだ。

幸い、我儘を聞いてくれる担当医“芥川先生”のお陰で、重篤な時だけ入院し、後は早朝の公園で遊ばせ、朝日をいっぱい浴びて育った長女。三年後、奇跡的に自然治癒した娘は骨髄検査も移植もせずに、その後元気に育った。他の人よりは疲れやすいが、その分精神が強いので、文武両道、芸事にも精進し、人の痛みの分かる優しく強い人に育った。

朝日を浴びた日はすこぶる体調がいい。だから私は東の部屋に雨戸をせずに眠り、朝日を目ざましに毎朝起きる。虚弱体質だった昔が嘘の様に元気である。

ひざの故障以来走っていなかったが、今朝早起きして山を駆けた。「朝日」は、我が身を優しいベールで包んでくれる。いろんなことが剥がれおち、生まれ変わった様に気持ちが良い。生きながら、何度も生まれ変われるのが嬉しくて、今日も愉しく暮らそうと思う。
e0233614_18521212.jpg


白い「たま」が、コロコロと笑いころげて、“おはよう♪“と、言ったような気がした。澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
[PR]
by kaori40712007 | 2014-03-28 05:58 | Comments(4)

「空」♪

わたしは最近仏教でいうところの、所謂「空」の状態が続き、心身ともにすこぶる心地良い。全てが「空しい」のである。気力が充実していないわけではないし、投げやりになっているのでもない。

美しいものを求めて生きているし、嘘っぽいのは大嫌いなので、納得のいくものをとことん探してもいる。
人との深いつながりを求めているし、愛すべき対象も沢山持ち合わせている。

けれども「空しい」のである。

どんなに愛しいものも、大切なものもいつかこの手をすりぬけ消えていく、あるいは手放さなければならないけれども、そんな事はちっともさびしい事でもないし哀しい事でもない。

たとえ一時でも手中に在ったか、あるいは接することが出来た歓びを、刹那に感じるだけで十分だと思うようになったのだ。本当に美しいものは、独り占めするものではなく、皆に愛されるべきで、分け合うことによって更に美しさを増すし、本当に美しいものは、追いかけると逃げていき、静観していると近づける・・・そんな事を、ふっと思う。

気を静めて、精神を澄ますと、「執着」という鎖から解き放たれ、自由になれる。

e0233614_19115788.jpg


永遠でないから美しいものがこの世には沢山ある。一つ一つ味わって、「生」を全うしたいと思う。
[PR]
by kaori40712007 | 2014-03-27 05:28 | Comments(7)

月の繭/炎と雨♪




あなたは 覚えているだろうか

二人して 銀河を渡り 月の繭を 観た事を

長い間 本当に長い間 コクーンの中に蹲っていた私を 宇宙へ引きだしてくれたのはあなた

ひょっとしたら あなたも 同じように 殻の中に くぐもっていたのかもしれない

三たび 七たび 形を変えて 響き合って 引きよせあって 一つに溶け合ったことを

あなたは 覚えているかしら 



熱く 優しい グレーの瞳に

今は 何が 映っているのだろう

叶わなかった 夢や願いは いつか空の藻屑となるのだろうか 

けっして 告げることのない 清らかな嘘

あなたが癒されるなら それでいい

それでいい





[PR]
by kaori40712007 | 2014-03-26 07:09 | Comments(0)

家族♪



水泳はイイ・・・水に浮かんでプクプク泳いでいると、覚醒と睡眠の間の瞑想状態に誘われ、泳ぐたびに一旦心身がリセットされ爽快になる。長年患った気管支炎も、腰痛も、貧血も全て完治してくれた上に、「禅」の世界へ誘ってくれる水泳。気持ちよく泳いだら「家」に帰ってゆっくりしたいと思う。家族との「お茶」の時間が待っている。うちは家族が仲良く、一緒にいて愉しいので、どこよりも家が一番居心地がいい。

外へ外へと目が向いた事もあったが、まずは家族を大切に。たまたま、縁あって居合わせたメンバー、血の繋がりはあるといえども、親子であっても、互いを尊重することはとても大切。夫婦なら血のつながりが無い分、更に適度な距離感が必要。永遠にとらえどころのないミステリアスさを残しながらも、快適な空間を作ることには気を遣う・・・そんな風でいるととても「楽」だ。うちは、娘二人だから、「とくに、 『「お父さん」を大好きな家族』にさえしとけばいい」と思っている。娘に好かれて、仕事を頑張らないお父さんはいない。放浪癖のある夫がすっかりファミリーパパに進化した。娘たちも、一番身近な異性のお父さんを好きでいられて、大切にされたら、男性に対して寛容でおられるだろうから、きっと将来いいパートナーと出逢えるはず。

大切な事はそんなに沢山ない。簡単なのが楽チン楽ちん。♪








[PR]
by kaori40712007 | 2014-03-25 08:04 | Comments(2)

携帯もゲームも持たせなかったおかげで・・・。

このご時世、子どもに携帯電話もゲームも与えないのは至難の業。なんせ肝心の遊び友達がほとんど持っているから、お外で遊んでいる子が少ないからね。大きな借金をして児童公園の前に家を買った。

「子どもはお外で裸足で遊ぶもの!!!」

幸い、そう考えているご近所さんに恵まれたものだから、我が子には、高校生になるまで、携帯を持たせる事も、ゲームを与える事もなく無事済んだ。

ゲームは、出来上がったものを手にするから、「物造り」能力を奪うと考え、絶対与えてはならぬと思ってきた。この世は三次元なのに、二次元の世界に埋没させる事は非常に危険と考えたし、安易な商業主義の波に子どもをおぼれさせてはダメだと思った。音感や運動神経を培うのも子ども時代、本物に触れる機会をできるだけ与えるのが親の仕事と考え、ブーブー文句を言わせぬように、美しい音楽を聞かせ、野山を連れ歩き、粘土や木工細工、絵の具やクレヨンなどの画材道具だけは惜しみなく与えてやった。ゲームのソフト代を考えれば格安だ。

「お母さん、大きな段ボールが欲しい!」というと、マッサージ機なんかの展示場に出かけていって、搬入口に積み上げられた大きな大きな段ボールをもらって来て与えてやる。子どもは、カッターナイフやガムテープで、切り抜き貼り合わせ、あっという間に小さな家を建築し出す。ホームセンターで、ソケットや豆球を買って来て、インターホンの呼び鈴や、室内照明をとりつけ、小さな家はどんどん体を成していく。色とりどりのセロファンのステンドグラスや糸電話をとりつけたり何やかやと大賑わいだ。

一旦創作欲が湧くといろんな事に派生的に感覚が噴き出す。

書道展も絵画展も賞を総なめにし出した。だって、内には何にもないから自分で物を作りださないと遊べないのだものね。紙芝居したり、折り紙したり、粘土こねないと、退屈するものね。

泥んこ遊びは大いに結構と背中を押したものだから、砂場遊びなんかは、スコップなどという小さな道具では飽き足らず、シャベルで穴掘りである。土葬が出来そうなほど掘り起こし、幼虫とかもぐらの巣穴みたいなのとかいろんなものが、ゴッタゴッタと出てきて大騒ぎである。

持ち帰った幼虫が、さなぎに変化し、成虫になったらもう大騒ぎだ、大変だ。えさを探しに大忙し。虫に刺されたり、草木の引っかき傷だらけで帰宅してから、今度は自分たちのご飯の時間だ、たらふく食べる。お腹減ってるから、魚も野菜もバンバン食べる。どんどん背が伸びたよ~、女の子なのに170cm超えちゃったよ~、将来はモデルかぁ?


ブランコも振りすぎて、飛ばされて、木の枝に引っかかる様な、そんな弾け方をした近所の子どもたち。どこかへ行ったかと探していると、木の上に登っていたりしてね、お猿さん顔負けでね(笑)。

雨の日はどこかのお家で、生地をこねてパンを焼いたり、お絵かきしたり、楽器を鳴らしたりで大賑わいだった。ゲームに対抗したお陰で、親たちも本当に子育てを心の底から堪能させていただいた。ゲームに子守りをさせなかったおかげで、親と子は子が育った後も会話が絶えず仲良しだ。

塾らしい塾も通わなかったけれども、いつも五感を働かせて育った近所の子達は、バンバン志望校に入学していった。語学が堪能であったり、医者を目指したり、物造りや人を喜ばせる仕事に就きたいという欲求が強い、元気なヒトに育った。

仲間と触れ合い、常に土と触れ合って生活したお陰で、元気で人懐っこく、ここ一番で力の湧く人に育って行ったと思う。ゲームも携帯も、活きた遊びに比べたらつまらないのだ。

大学生になった長女がこう言った。

「おかあさん、私に携帯やゲームを与えないでいてくれてありがとう。今、何やっても面白いし、どんどんしたいことが出てくるのは、思いっきり外で遊んだ子供時代のおかげだと思うわ。ダイチ君やユウ君と作った秘密基地とか本当に楽しかった。」と。

そらそうやろ。わたしたちの時代は何にもなかったから、一から自分達で何でもつくたんだから。良いものはどんどん伝えていかないとね、それが親の仕事。何も無い所から物を作る能力が備わる以前に携帯やゲームを子どもに与える事は、ドラッグを子どもに与えるのと同じだと母は考える。ゲームはわたしも好きよ。でもね、ゲームは大人になってからでも遅くはないのよ。
[PR]
by kaori40712007 | 2014-03-23 23:25 | 育児・教育 | Comments(2)

砂漠に薔薇を咲かせる女♪

灼熱のラスベガスで、大和撫子Cookie様がお育てになった「バラの数々」・・・通常ならもうとっくに焼けただれて縮んでしまっていたであろう薔薇たちは、あるじの情熱と愛情によって、見事に生き延び大輪の花を咲かせました。

e0233614_1732525.jpg

色や形が一際美しいのは、生命力に溢れ、生き残った証「美の結晶」だから。本来ならば海を渡り、ベガスに出かけていって、芳しい香りと暖かい笑顔に抱かれながら、Cookieさんのお庭を拝見したいのだけれども、只今育児の真っ最中。家をあけるのは数年先と決めているので、その辺をご理解いただきお庭のDVDをお送り下さったCookieさま、ありがとうございます。美しいカードにはなんとも言えない優しく気高い薔薇の香りが・・・う~ん、撃沈。

e0233614_17332110.jpg

うちは田舎で郵便物を受け取るのが遅いようで、ご心配おかけしました。でも、ほうら!こうして受け取りました美しいDVDとCookieさんの笑顔。綺麗で綺麗で本当にウットリ拝見させていただきましたよ。

 通常咲くはずが無かった場所に咲くバラたちは、育ての親のCookieさま、ご自身そのものだなと感じています。飛行機や船が無かったら、大和撫子がアメリカ大陸に住むことはないのであって、文明の利器によって、恋の魔力によって、海を渡ることになった女性達。海外に住む日本人たちが、ご自身の灯をかかげながら暮らしておられるお姿にわたしはとても共感しています。当たり前のことが当たり前でなく、違いや驚きを全て受け止め噛みしめご自分のものに昇華させていく過程を経た人たちの懐はとても深く、その精神は逞しく柔軟。

気がつけば、小さいことに拘らず、大らかで、洞察力鋭く大胆な、海外在住経験者か、在日外国人の友人ばかりになってしまった昨今。なんとも豊かな交友関係を持ててありがたいなと思っています。子どもの頃より、一つ所に住むこと好まず、いろんな所に行って、いろんな人と混ざり合って生活したいなと願ったその思いが、少しずつ叶って来ているのかなと思っています。

Cookieさんのお手紙の言葉が琴線に触れましたのでご紹介を!(勝手に御免なさいませ、Coolieさま♡)

(抜粋)

今日も沢山の薔薇の蕾が、砂嵐の中で逞しく凛と首を伸ばしています。
私は、お花屋さんの薔薇の花を見るたび、かわいそうでなりません。
周りと同じようでなければ切り捨てられて、個性が全く感じられません。
最低限度の世話はしても、我が家の薔薇は過酷な自然の中で逞しく育って、それでも、思う存分、存在感も優雅さも持ち合わせています、それが、私の薔薇の醍醐味です。


Cookieさま、今の自分にこのメッセージを重ねますと、まさしく私の理想の子育てそのものなのです。
キチンと自分の仕事を終えたら、いつの日か貴女様の愛情あふれる薔薇園をお邪魔させてくださいませね。
Love ya♪
[PR]
by kaori40712007 | 2014-03-23 00:21 | Comments(0)
line

楽しい日々♪


by マダムSadayacco
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite