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山崎豊子氏を偲んで・・・マンザナ日本人強制収容所の記録♪

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北米横断の旅で、最も家族が無口になったのは、シエラネバダ山脈のふもとにある「マンザナ日本人強制収容所」を訪れた時のこと。29日逝去された作家、山崎豊子の小説「二つの祖国」や、それを原作とした、NHK大河ドラマ「山河燃ゆ」の舞台はここである。

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第二次大戦中、アメリカ大統領令で、アメリカ全土に、12万人いる日本人が、10の強制収容所に抑留された。ここ、マンザナにも1万人が収容されたという。ビジターセンターは写真撮影も、資料のブログ掲載もOKとの事。

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「日本人は、アメリカで差別にもあったけれども、家屋も食べ物も被服も支給され、人として最低限の敬意を持って扱われました」といった感じの展示・・・・嘘っぽい。

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「収容所には、学校や病院や剣道や柔道をする体育館もあって、コミュニティの自由もありました。」などと言われてもピンとこない。

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「ホロコーストなんかより、ずっと私たちは人権重視してますよ。」と、アピールしているようにしか思えない。

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4,000m級の山が立ち並ぶ、シエラネバダ山脈から吹き下ろす風はそれは激しくて、こんなバラック建ての家屋では、常に砂塵が吹き込み、冬は極寒であっただろう。砂漠の夏は45度以上の灼熱地獄だ。

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有刺鉄線の外も差別の嵐、脱走したとしても生き延びる術はなかったであろうから、規律を重んじ、秩序乱さぬ日本人気質がこういう場合、生き抜く力となったのか。ここで死亡した者は150名、15名が慰霊塔に埋葬されているが、後のものは遺族に引き取られたという。

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自国の貧しさゆえ、あるいはアメリカンドリームを持ってこの地に足をおろした日系人たちは、「戦争」という魔物に翻弄され、夢も物資も誇りも全て没収され、アメリカ軍に奉仕し、日本を敵とみなす宣誓を強制させられた。

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これに反対する者は、不穏分子として、一番劣悪な強制収容所送りとなる。衛生面栄養面が、恐ろしく劣悪なので、当然それは「死」を意味することとなったのだろう。

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こんな砂漠じゃ食料調達も十分ではなく、Japanese Americansは、耕作に励んだ。
こんな荒地をよく開墾したものだ。

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冷房の利いたビジターセンターから、展示のバラック建てまで歩くだけで、汗だくになり、喉は渇くし、砂塵で喉や目が痛かった。もう、一時だってこんな所にはいられないと言った感じ・・・。

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ささくれ立った木が痛々しい。草木もロクに生えないこんな砂漠に、1万人もの人間をよくも抑留出来ましたね。
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極寒の地、シベリアに抑留された祖父を想い出す。収容所から一歩でも出れば生き延びられない地に縛り付ける事は、まさしく恐ろしい暴力。

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山の美しさが、痛く感じられたのは初めて・・・。かつて、祖国を思いながら、日系人たちは、この山の美しさを励みに生き抜いたのだろう。人としての尊厳を奪われた人々の想いがしみ込んだ地は重く、重く私たちに圧し掛かった。



(日本では2010年に、草なぎ君が、”Japanese Americans 99年の愛”で、ここマンザナを舞台にした壮大なドラマを好演しましたね。)
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by kaori40712007 | 2013-09-30 18:47 | Comments(2)

精華町の彼岸花♪

稲穂が黄金に輝くとき

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人々の命を繋ぐ黄金色の恵みは、辺り一面に芳しい香りを放っていた



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朽ちた倉庫が好きだと、あの人は言った

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木製倉庫の、長い歴史の放つ草臥れ方は、なんとも風情があるもの

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長年そこに居る朽ちた倉庫の傍らに、毎年やって来ては、妖しい色香を放ち、散っていく、曼殊沙華のようでいいではないか・・・

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儚いのは、罪がなくてイイ・・・



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by kaori40712007 | 2013-09-29 10:23 | Comments(0)

恭仁京(くにきょう)の彼岸花♪

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友人に、彼岸花が綺麗だと、教えられて向かった恭仁京。
たわわに実った稲穂と、彼岸花の真紅とのコントラストが綺麗でショ♪

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(京都府木津川市・加茂町にて 平成25年9月27日撮影)

おそらく数日前はもっと赤い紅だったでしょう。
恭仁神社辺りが一番美しいように思います。

そして、誰もいないのが、ここは本当にいい!
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by kaori40712007 | 2013-09-28 19:09 | Comments(0)

”Death Valley” in the USA♪

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ラスベガスを後にし、ネバダ州を西に走ると、”デス・バレー国立公園”がある。

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アメリカ最大の規模を誇り、最も気温が高く、最も乾燥している国立公園デス・バレー。

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1849年、ゴールドラッシュの最中、金鉱に向かった一行が、酷暑と水不足で死亡したことがあり「死の谷」と名付けられたという。
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本当に熱いったらない。この日は44℃だったけど、55℃越えの事もあるとか。
肌がじりじりと焼ける感じ・・・。北極圏のマイナス45℃と、同じく暑い寒いでなく「痛い」感じ。
人間は大自然の前には本当に無力だ。

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赤土続きだった大陸が、海抜0地点になると急に白くなる。きっとこの土は辛いのだろうなあ。

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辛いのだろうなあ~・・・。

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げえ~、激辛!!!

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更に西北へ走り、シエラネバダ山脈へ向かう。


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by kaori40712007 | 2013-09-27 20:59 | Comments(0)

壮絶ないじめの傷跡。。。

随分昔の事でも、あまりにも大きく傷つけられると、ふと思い出さざるを得ないきっかけで、当時以上に落ち込みふさぎ込む。いじめた方は、全く覚えていないだろうのに・・・。加害者の、当初の目論見を再び成功させてどうするのよね。もう、哀しむのはよさないとね。もっと強くならなきゃな。

自分がいじめられるのは平気だけど、大事な我が子をいじめた人の事はいつまでたっても好きにはなれないね。大人が加担しての子どものいじめは壮絶だった。

「あの人たち、お花に水やりする感覚で人をいじめるから・・・。」当時を振り返って娘は言う。

高い裏声で、優しそうな笑顔を漂わせて意地悪をする人が、この世に居るんだと親子で知った10年前。人を人とも思わない人がいる。善人面と、やってる事の、真逆な人間が、この世にはいる。だから娘がいじめられている事を情けないけど、親ですら、初めはだれにも分からなかった。運良く現場を目撃した、近所の良識ある友人の通報で、事なきを得た。「大人二人とその子どもたち四人で寄ってたかっていじめている。明らかに悪意があってのことで、非常に言いにくいが、いくらご近所だとは言え、つき合わせない方が良い。ひきようなやり方に腹立たしさに涙が出た。『おやめなさい』といっても笑っておいでで話が通じなかった。」

娘に事実を問いただした所、友人の報告通りの事が水面下で行われていたことが分かる。子どもは親を傷つけないために、あるいは自尊心の為に、自分がいじめられていることを、親に明かさないことがあるとは聞いていたがまさにそうだったのだ。自分のふがいなさを随分責めたが、その後大人の力量で事態を鎮静化させ、邪悪な人たちとの関わりを持たぬように出来たから、娘の性格はねじ曲がらずに済んだ。それでも、目と鼻の先に住んでいて、付き合わないわけにもいかないから善処するのに、一年ほどは眠れぬ夜を過ごした。そこで、私は決意した。いじめるのは、子のハートが渇いているからで、成長過程での過ちは罪ではない。だから今までどおり我が子同様可愛がり、娘と再び仲良くできるよう努め、幼稚な大人たちには、子どもをいじめぬよう牽制だけ示し、一切付き合わないことにした。親の毅然とした態度が、我が子のこれから先に大きく影響すると考えた。

いじめっ子の一人とは、娘は一緒に予備校に通い、今ではとても仲よしだ。当時のことを謝罪した彼女は、大事な事は母親には一切相談できないと言っているそうだ。子どもは親の事をよく見ている。かつて、いじめを先導した母親は、娘の信頼を失っている。

「当時小3の私は、お陰で世の中や人間を見る目が出来て、とても強くなった。いじめが『凶器』である事も良く分かった。」とも、娘は言う。

そうか、落ち込むことないんだ。今の娘が強く優しく育ったのは、私が嫌いなあの人のお陰でもあるのだな(笑)。娘の方が成長している。私にも感謝できるくらいの器が欲しい。でも、嫌なものは嫌だ。想い出すだけで吐き気を催す。顔を見るのも嫌だ(笑)。

あの件以来、私は「イイ人っぽいアヤシイ人」とは付き合わなくなった。そういう意味では、生きやすくなったのも、嫌なあの人のお陰なのだけども(笑)。

自分の周りには、「真に暖かく優しい人」だけでいい。嘘っぽく薄っぺらいものにはまったく魅力を感じない。
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by kaori40712007 | 2013-09-27 08:27 | Comments(0)

栗・クリ・くり♪

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山の住人R子さんが、今年も栗を下さいました。何よりの秋のプレゼントです。
毎年毎年、ひっくり返るほど美味しいのです。ほくほくで、甘くて、コクがあり、食べると力が湧きます。
収穫してすぐ食する味は格別。何事も旬なのが一番ですね。時期を外すのは間抜けとはよく言ったもの。
毬から、一つずつ取り出してくださったかと思うと、ありがたくて泣けます。今年の夏は山ほども育てたゴウヤを下さって、夏バテしませんでしたよ。四季折々の恵みを、いつもいつもありがとう♪

ここ数日、古傷が開き、ふさぎ込んでて、ボーっとしてて、車を家のポールにぶつけ、修理代も痛いし、ハートも痛いしで、ワヤクチャでしたが、すっかり元気になりました。

「人によって付けられた傷は、人によって癒される。」とは、大好きな人の言葉。

忙しさを縫ってわざわざ届けてくれる優しさと笑顔に、ハートの傷がすっかり癒されました。

人に必要とされる事は何よりも嬉しい事。R子さんに、「子育てを、あなたと一緒にできて本当にラッキーだった。お姑さんとの事も上手くいって感謝している。」と、笑顔で言われたことが何度かあって、私はとても嬉しいのです。一緒にいることで幸せが増し、互いに共鳴しあえながら生きる事は何よりの喜びです。互いの子どもたちの成長を祈りあえる育児友達は宝です。

かつて、アスリートで活躍した彼女の助言や応援で、次女の近畿大会出場が実現したと思っています。私には理解できない娘の心中を誰よりもよく理解してくれたのは彼女でした。中学校舎の横断幕に、娘の名前が掲げられた時、誰よりも喜んでくれたのは彼女でした。娘は、私以外にお母さんがいるとしたらR子さんだと言います。

大事にしてくれる大人を子どもはよく知っています。

蒸かしてスプーンですくって子どもたちとのおやつの時間に頂きたいと思います。
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by kaori40712007 | 2013-09-26 11:23 | Comments(4)

学力アップの秘訣♪

英検二級の試験準備をしている中三の次女。塾にも行ってないし、私が勉強を教えた事も一度もない。
自分で本屋に行って、一冊だけ過去問題集を購入して来て、リビングで家族との団欒の隙間を縫ってそれを読んでいる。

「参考書や単語集を買ってもいいよ。」というと、

「単語や熟語だけ覚えたり、文法だけ学習しても試験では力が出ない。それより過去問題を解いて、分からないところを辞書で調べる方がしっくりくるし、愉しい。準二級もそれでいい点が取れたと思う。」と返ってきた。

私を見る瞳が亡き父のそれとそっくりで、しかも私が子どもの頃、決して勉強を教えない父が、同じことを私に語って諭したのを想い出し、胸が熱くなった。私が幼いころの父の想い出といえば、いつも机に座って、懸命に勉強している父の後ろ姿だった。当時20代で、銀行支店長職という重責を担っていた父は、足りない経験を知識で補うため必死だった。そんな父に休みの日、動物園へ連れて行ってとは決して言えず、幼いわたしは、その横で同じように、教科書や様々な本を読んでいた。お陰で、学業優秀で、その後も専門職につけ恵まれた独身時代を過ごした。

子育てが愉しくなり、夫のお陰で、呑気な専業主婦生活を愉しませて頂いている現在の私は、毎日夥しい数の映画を見ている。いろんな国の文化や習慣や音楽や言語に触れることは、この上なく愉しい。字幕と実際の言語の違いや、翻訳者の腕に唸ったりするわけだが、辞書片手に、語彙を増やしていくという喜びも相まって、映画鑑賞はやめられない。おそらくその横で、娘たちは素晴らしいリスニング能力を知らぬうちに習得したと思う。

小学一年生の頃の次女は学業成績がパッとしなかったが、自由奔放に育ったうえに、みるみる上昇していった。じっくり物事を自分自身で考えさせ、放任し、過干渉しなかったのがよかったと思っている。周りにいる素敵な人々に、ご両親はどういう人だったか聞いたところ、「信頼し放任していてくれた。」という人が大方だったからだ。
http://eddiekaori.exblog.jp/19808600/(どれだけできなかったは過去記事に♪)

「勉強は絶対親が教えない方が良い」とおもっているので、宿題も受験勉強も一切関知しないことにしている。
確かに親が得点のノウハウを教えれば、一時的には成績が上がるかもしれないし、いい学校に入れることが出来るのかもしれない。が、私が我が子に望むのは、高得点をとることではなく、自分の頭で物事を考え、自分の事をよく知り、的確なジャッジを瞬時にくだす事の出来る人間に育ってくれることであるから、親が机に子を縛りつけて勉強させることは、百害あって一利なしだと思っている。

自発的でないものには力は宿らない。

自分からやりたがる習い事にはお金の出し惜しみはしないけれども、学力を上げるためだけに塾へなど決してやらない。勉強は自分でするもの。嫌々行く塾へ使うお金があったら旅へ出る方がはるかに収穫がある。しかもそれは、ツアーなどでは決してなく、自分たちの足で歩く旅。冒険を終えて帰ってきたら、子どもたちはひとまわりもふたまわりも大きくなっているから。

子育ては急いではならない。ゆっくりゆっくり熟成させて行くのが良い。力のある子は優しいというのは、ゆっくり育んでくれた人の情を吸い取っているからだ。その事を子育ての早い時期に教えて下さった、保育園の園長先生や、カナダの幼稚園のマーガレット・サッチャー先生に感謝する。
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by kaori40712007 | 2013-09-25 09:46 | 育児・教育 | Comments(0)

Las Vegas でジェットコースターに乗る♪

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10年前の忘れもの・・・「ベガスでジェットコースターに乗ること」。

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ホテルルクソールを抜け出て、夜のベガスを散策。ルクソールからはビームが出ているので迷子になることがない。

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アメリカでは「ジェットコースター」を「ローラーコースター」という。

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あまりに怖くてカメラ撮影する余裕なし。大好きなCSIのワンシーンにグリッソムが、同じローラーコースターに乗っているシーンがあるのでアップする。コースターが登りつめた所でベガスの夜景がザァ~ッと見渡せるポイントがあり最高!ベガスに行ったら絶対乗るべし!!!


                             ↑
                        0:38あたりから

昔はもっとすごいコースターも平気だったけど、娘に引きずってもらいながら帰りました。おそらく最後のコースターとなるでしょう。


今回忘れ物をしてきたもの。シルクドソレイユ公演。近いうちにまたね♪ I love Las Vegas!


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by kaori40712007 | 2013-09-23 17:58 | | Comments(0)

親友がいるから♪

私は哀しいことがあっても、それを大切な友人に愚痴愚痴語ったりしない。
なぜなら、大切な友の時間を費やしてまで、口からもう一度その事柄を再生する必要がないと考えるからだ。それでも、本当の友は、哀しみを嗅ぎ取って優しさと慈しみでその傷を癒してくれるものだ。

辛い話は口にすることで、自分自身の耳にもその事柄を再現して聞かせ、更に気分を滅入らせるし、大好きな友人の耳に入れ、想像させ、悲しい思いをさせる。愚痴を聞いてもらってすっきりするどころか、哀しみが倍増するから、一個人の哀しい話を人に語って聞かせるのは嫌なのだ。世界には想像を絶する悲惨な哀しみにくれている人がいるという揺るぎない現実があるし、私独りに起こる事など所詮しれている。大抵の事は自分自身の力で乗り越えられる。それよりも、嬉しい事や、建設的な話が多い人と居る方が、密かな悲しみも吹き飛ばされ、更に大きく飛躍が出来ると思っている。

そんな風に生きられるのは、真の友情にめぐまれたから。娘たちにも自慢できる私にとっての唯一の宝だ。

30年来の親友とは、成長過程を共に過ごした。一度も嫌な思いをさせられたことがなく、前世からの付き合いだろうかと思うほど理解しあえるのだ。互いに何を考えているか分かるし、日々の忙しさにかまけ長年会わなくても、どういう状態でいるか容易に想像がつく。ただ、相手が元気でいてくれさえすれば幸せな気持ちになれる。仕事がどういう状態でも、家庭がどうであっても、成功していようが、しくじっていようが、昔と同じようにただ大切なのだ。有事の際には何をおいても駆けつけようが、互いを信頼していて、大抵の事は努力とバイタリティーで乗り越えるだろうと、デーンと構えて見守っていられることが、互いの友情を長続きさせていると思っている。

世の中には、人の気持ちを深く考えず、軽く他人を傷つける人たちがいるが、そんな人たちの為に自分の気持ちをささくれさせるのはもったいない。

彼女は殺人的に忙しい境遇にいるにもかかわらず、30年間の私の軌跡を寸分たがわず覚えていてくれる。どんな時も全面的に優しさと信頼を寄せてくれている。自信をなくしかけた時や哀しい時には、彼女に色々聞いてもらうのではなく、彼女の存在自体が私を慰め励ましてくれるのだ。

私のみならず家族や身内の全てにおいても、理解と確かな記憶を持ってくれている。大切にされていると実感できるし、彼女に恥じないよう生きなければと元気が出るのだ。困った時、彼女ならどうするだろうかと考えると答えはすぐに出る。

先日パリを旅した彼女は、美しいペンダントトップを家族の分まで揃えて郵送してくれた。お礼の気持ちを添えて久しぶりに手紙を書いたら、彼女がブログの記事にしてくれた。
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身に余る光栄で、何日たっても気持ちに残って、嬉しくてたまらないので、記録としてこのブログにも残しておきたいと思う。

(抜粋)最も会う頻度の低い30年来の親友は
いつのときも心の一番深いところにふんわりと存在してくれる。
わたしがこうして迷いながらも人生をまっすぐ進むことができるのは
彼女の人生哲学や美意識や凛とした生き方に常に触れているおかげだ。
若い頃からお互いにいろんな失敗もし、泣き、笑ってきた。
まさに一緒に成長していったも同然だ。
その時間はかけがえのないものだ。
親友であり、師でもある彼女と知り合えたことは
わたしの人生で得た最大の宝であると思っている。
それだけでこの世に生を受けた意味があったとさえ思える。
もう長らく会っていない。
でも寂しくはないし、会う必要も感じない。
常に一番近くにいてくれるから。

彼女の懐かしい字
あたたかい

なにがあっても彼女だけは
わたしを信じきってくれるのだろうという慈愛に満ちている。


http://ameblo.jp/sachikoameb/entry-11593234929.html

コメント欄には、サンタモニカ在住のかけがえのないツインハートの友からの暖かいメッセージが♪
私は幸せ者です。ありがとう。
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by kaori40712007 | 2013-09-22 22:37 | | Comments(0)

与えれば与えるほどに♪

仲の良い友達は、子どもや夫や恋人や友達の事を大切にしている人ばかりだ。彼ら彼女たちから不快な思いをさせられたことは、長い付き合いのなかで一度もない。

身近な人を幸せにできない人と居ると、心がささくれるので、一緒にいるととても居心地が悪く哀しくなる。時々会う友達には気を使い優しくできるのは誰でも同じ。けれども、日常生活で触れ合う人の事を慮れる人は、間違いなく優しい人なので、素直にのびのびとお付き合いが出来るのだ。

かくいう私も独身時代は「我が!我が!我が!!!」の代表選手のようであった。親友たちは利他愛に溢れた人ばかりなのに、未熟な私は、それに甘えてばかりいた。聖書から「あなたの隣人を愛せよ。」と学んでいたのに・・・。
君は"Me, me, me, me, me, and me!"だな。と恋人から罵倒された事もある。

真剣に愛しているつもりでも、どこかに見返りを求めたり、相手のいい面だけに目がいって、弱い面を受け入れず非難したりと、稚拙な恋を繰り返した。親に対しても、産み育ててくれただけでも大きな恩義があるのに、親としての器を問うたりした。もちろん声に出しては言わないけれども、内心思っていれば相手には通ずるものだ。

自分の尺度で人を評価するのではなく、縁あって身近にいる人の事を心底理解し大切にする積み重ねが、本当の人間関係だと分かるようになったのは、恥ずかしながら子を持ってからだ。

自分がいなければ一時も生きてはいけない幼子を手にしたとき、「我が我が!」を脱ぎ捨てざるをえなかったのだ。乳を与え、排泄を介助し、微笑み、抱き、連れ歩き飲み食いさせる繰り返しは、「与える」事の繰り返しであるが、実は、我を捨てることにより、我から解放され、自由になることだと分かったのは、ようやく子が成人する今になってだ。かつてないほどに満ち足りた気持ちに、身も心も喜んでいる。

待って、見守り、理解に努め、子が独り立ちできるようにサポートするうちに、親のハートはどんどん柔軟になって行く。子の自尊心や協調性が健全に育ち、自他共に愛せるようになって行くと、益々私は自由になって行くように感じた。精一杯与えたものは次のジェネレーションに受け継がれていく。自分になど還ってこなくてよいのだ。受け継がれる事の方がはるかに大切なのだ。与える人が多い世界は繁栄し、欲しがる人の多い世界は衰退する。

自分の気持ち優先で育児した親は、いずれは子に捨てられる。自分の想いに溺れて配偶者や恋人を束縛した人は、最愛のはずであった相手に逃げられる。自分の利益になる友人ばかりを周りに侍らしたつもりが、所詮そんなものは砂上の楼閣なので、何か事が起こると、簡単に崩れてしまう。自他共に精神的にいつも足りない人が、本当に貧乏な人というのだろうな。私はこの先そんな老後を送りたくはない。

「欲しい欲しい」と思うほど、与えられず、「与えに与えた」人こそが、期せずして、沢山のものを与えられるのが世の常なのだろう。
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by kaori40712007 | 2013-09-21 06:49 | Comments(2)
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楽しい日々♪


by マダムSadayacco
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