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想い人♪



「想いは口にしない方が良い。」と、教えてくれた人がいます。

想いを確かめあったりしなくても、きっと互いの人生の中で、これほど愛し、焦がれ、拘りあった人は他に居ないかもしれません。

例えば香港の歌手ジャッキー・チュンのこの歌、タイトルの漢字から、なんとなくその内容が推し量られても、歌詞カントニーズは全く分かりません。けれど、聞く人を、それぞれの想いや、想い人のいる世界にぐうっと引き込んでくれる力があります。

胸をえぐられる様な切なさが伝わって来る。

こういう感じが、人との関係において、とてもイイのかもしれないと思っています。
あからさまに何もかも言葉に表してしまう事は、時として想像力も感情も何もかも軽んじてしまう危うさを孕んでいます。いつも近くに一緒に居る必要など無い。刹那に響き合う感性を共有できるような、そんな関係をとても好きです。嘘を言葉で固めてしまったり、誤魔化したり、独りよがりの関係の結末はたいていい事がありません。偽りのない繋がりは、おそらくはこの一生くらいで終えてしまえるはずなど無いのです。約束などしていなくても、ずっと繋がっているという、そんな絆は人を強く優しくしてくれます。

波長といいますか、周波数といいますか、そんなものが人間にもあって、言葉に頼らなくても、目の勢いや、声のトーンや、互いの間に醸し出される雰囲気で、もう、十二分に分かり合える事って、年々増えてくるような気がします。互いに積み重ねた人生を、絡め合わせる楽しさを知っている人との関係は、実に味わい深いものです。
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by kaori40712007 | 2012-08-30 18:43 | 哲学・生き方 | Comments(2)

イチジク頬張る♪

連日プールで一時間歩くリハビリは、硬くなりかけた膝の筋肉を柔らかくほぐしてくれる上に、泳ぐより水の抵抗を受けるため、脂肪燃焼効果が高く、一日中体全体がポカポカしています。

その上、ウォーキングコースで素敵なお友達が増えていくのもうれしくて、怪我も違う形でいろんな恩恵を与えてくれるものです。ルンルンで歩いていて、歩きすぎてとうとう足の裏の皮がめくれました。だから数日前から、少しずつ泳ぎ始めています。初めは数百m翌日は500m、今日は700mゆっくりと。身体を故障したときのプールのありがたみを実感します。だからプールはお年寄りでいっぱいなのだわね。(美少年以外はね♪笑)

「うちの庭でなったのを捥いできたから、食べてはよ良くおなり!」とジム会員さんから頂きました。
今が旬のイチジク、ボッテリしていて、ずっしり重く柔らかい。

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何よりの好物!そして家族は誰も好まないので、独り占め♪
お隣のご高齢のご夫妻にも少し御裾分け。
一緒に庭でかぶり付こうということに♪

果物は、出来ればもぎたてをかぶりつくのが一番身体によく吸収する様な気がします。
刃などの金属が当たるのをあまり好まないわたくしは、大抵皮ごと食すか、吸い食べします。
自然の恵みに人工的な物を加えるのを好みません。原始時代に近い食べ方が人間の身体に優しいと思うのです。

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よく熟れているので、手でパッカリ割ってかぶり付く・・・もう、たまりません♪
口角から滴り落ちる果汁を舌で絡め取る・・・いやしんぼうぶりです。

いちじくは、不老長寿の果物と言われるほど、栄養価や薬効が高い果物です。
食物繊維ペクチンを含んでいるし、消化酵素もたっぷり。

「膝の痛みも治まるよ。」とおじ様。

皆さまの優しさを頂き怪我はグングンよくなっていきます。

早く踊りたいよ~♪
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by kaori40712007 | 2012-08-27 16:30 | | Comments(4)

Turn me on ♪



”Turn me on ♪”

そう、高揚とツキをもたらしてくれるご縁はどんどん広がって、力強く愉しい生活をもたらしてくれるもの。子どものころから愚痴っぽいの湿っぽいのはとても苦手・・・その人が、どんなに苦しくて辛いかは想像できても、完全に理解するのは無理。そしてだれしも辛いのも苦しいのも一緒だというのが持論だ。もう、これ以上ないような悲惨な時があっても、その苦難をじっとこらえれば、必ず上向くときが来る。自分のことばかり考えている人は、自分が一番大変と思っているので、いつもおそろしく愚痴っぽい。だからお近づきになりたくない。そういう人は一生あまり楽しそうでないケースが多い。冬の時代をじっと耐え、どんなに辛くても笑みを絶やさず焦らず、耐え抜いた人の美しさは、春にパアッと咲く、艶やかな花によく似ている。

子どもの頃クリスチャンのおばに連れていかれた教会には、「証しの時間」というのがあった。信者たちが、それぞれ神に対する自らの信仰の深さを皆の前で告白するというもの。純粋に聖書から学びとったことを実践している、くらいの告白はさらっと気持ち良いのだが、人によっては、ぐしゃぐしゃの顔で泣きながらいかに不遇で辛く、神の存在が無ければ耐えられない、神の愛によって癒されたい。という様な証をしていたりして、子ども心にドン引きしたものである。

「いや、あんたそれ違うやろ!聖書の教えは、普遍的な愛であり、真理であり寛容さであり、あんた一人を苦難から救うだけのものではないよ。」

子どものころから神社仏閣で、眉間にしわ寄せて拝み倒している人を見ても同じようにしか思えない。いや、違うやろと。

「お前は本当に苦しい目にあったことが無いから分からんのや。」というのが夫の口癖。

彼は知らない。わたくしにも過去とても大変な事があった事を。そして今もいろんな苦しみを抱えている事を。けど、そんなこと、一言だって口にしない。したって悪くなる事はあってもよくなる事など無いからだ。キリスト教も仏教も、その他の宗教も、人間をいかに生きやすいようにすればよいかという教えに満ち満ちていて、どれに偏ることなく、普段の生活の知恵として拝借すれば大抵の事は上手くいくものだ。

「お前は本当に底抜けに明るいな。幸せな奴や。」と、夫は言う。

ありがとう。幸せで良かったわ。明るく見えているなら尚いいわ。

社会の第一線で活躍している夫に、妻の哀しい過去や心の闇を語って何の得があろうか。
それよりこいつ馬鹿じゃないの?と思わせるくらい軽やかな方がずっと良い。


辛さを口にすると、辛いことの反復になると、子どものころから信じている。そして益々負のスパイラルに巻き込まれていくのだと。周りの素敵な大人たちを観察していると、けっして「負の言葉」を口にしない人々だった。「負の言葉」を浴び続けた生家に対する反発からかもしれないが、「負の言葉」に嫌悪感がある。キリスト教の教えは好きだけれども、証しの時間に泣き叫ぶ人々のいる教会には二度と行くことが無かった。35年ぶりにひょんなことからその教会の小さな集まりに参加したときに、相変わらずやつれた人々が集まって、不遇さ合戦をしておられた。以前泣きながら話していた同じ人が、相変わらず同じ苦しみで泣いているのを見て、子どもの頃直感したことは間違いなかった。「傷のなめ合い」からは何も生まれない。
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by kaori40712007 | 2012-08-26 23:48 | 哲学・生き方 | Comments(5)

いくつもの生き方♪




妻であり母であり主婦であるけれども、「死」に至るまで、いろんな生き方をしたいと思っている。

誰にでも平等に訪れる「死」。けれどもそこにたどり着くまでどのように生きるかはその人次第。

楽しく生きるも、辛く生きるも、全て自己の力量によるもの。

肉体は年齢とともに衰えるけれども、精神は年々逞しく柔軟になっていくものだと信じている。自分

に与えられた能力や状況の中で、最大限楽しみ、その上で周りの人に心地よい風を送れればいい。



白洲正子がその随筆で絶賛した、京都花背の「松上げ」に、昨日今日と家族連れで出かけるはずだっ

た。簡単に宿がとれぬほど、人里離れた緑豊かなこの地で、真っ暗やみの中、大きな松明に人々が火

縄を投げ、大きな火柱に神を見るという幻想的なこのお祭り。お姑さんのお誘いで、とても楽しみに

していたが、ひざの故障で今年は諦め、わたくしは犬とお留守番。長年のお付き合いで、初めは反り

が合わなかったが、すっかり打ち融け合ったお姑さん。ゆっくり過ごすのを、とても楽しみにして

いたが、来年の宿の予約をしてあげるからすっかり足をなおしなさいとの嬉しいお言葉に、甘えるこ

とにした。



「家事」は、とるに足らないほどの楽な仕事、自分の事のついでに家族の分もやっているくらいの

感覚しかなかったが、傷んだ「膝」にかかる四人分の家事は結構辛かったようだ。家族がいないと膝

をゆっくり休められる。それに、静かだし、ゆっくりいろんなことが考えられる。

静けさの中の瞑想は心身をリフレッシュしてくれる。生まれ変わったように浄化され爽快だ。あと三

日くらい独りでいたいな(笑)。そしたら膝は完治するだろうに。主婦も結構大変なもんだ。



家族はもちろんいた方がイイ。人は一人では生きていけないものだから、寄り添いあって生きる事は

イイ事なのだろう。けれども、ときに、風穴を開ける事はすごくいい。ここ十年くらい、お姑さんは

夏になると夫と娘たちを数日預かってくれ、わたくしを独りにしてくれる。年に一度のこの独身生活

があるから、なんとか家族仲良くやってイケているかもと思うくらい自分にとっては大切な日なの

だ。娘たちが巣立った後の自分らしい生き方の構想もこの時に冴えて組める。



それにしてもものぐさなわたくしは、ご飯なんか自分だけだったら全く作らない。お腹もあまり減ら

ないから不思議だ。家族がいてくれるから作り、食する事は、自分の健康も守ってくれているのだと

改めて知ることとなる。
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by kaori40712007 | 2012-08-25 12:59 | 哲学・生き方 | Comments(2)

イイ男シリーズⅥ・ベンチプレスのおじ様♪

左膝のリハビリのため、ジムのプールウォーキングを始めて4日目、硬くなり始めた筋肉がほぐれ、非常にいい状態が続いています。陸上では鞁っこをひいていますが、水中では優雅に振る舞えるので嬉しい限りです。午前中一時間歩き、三十分泳ぐと、午後は体中がポカポカとして体重も減ってきました。体脂肪が燃焼しているのが分かります。ハロウィンパーティでブラックキャットの衣装が似合うように仕上げないとねん。♪

さて、ジムのダンベル仲間のおじさまは、身長が180cmで浅黒く、瞳が澄んで美しい、とても素敵な紳士です。かつてはボディビルダーでしたが、今は引退して、夏の素潜りと冬スキーのために日々身体を鍛えていらっしゃる。わたくしも水泳とダンス以外は、ほとんどダンベルコーナーにいて、ボディを粘土をこねるように自分好みに作るのが好き。今回おじさまは、舞鶴でサザエと牡蠣を採って来て下さいました。

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大好物の牡蠣!!!しかも15cm大以上だわ♪

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今回頂いたサザエは小ぶり。赤ちゃんサザエの美味しさは格別、身がアワビの様な味なのですよ。

なんせ大雑把なわたくし、サザエは網で直火焼き。塩水で砂抜きしているので調味の必要なし。

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・・・・・牡蠣としばしにらめっこ。

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下手くそ~♪

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隙間から、牡蠣を引きずり出し、レモン汁かけてそのまま吸う!!!
「美味しすぎ!今年食べたものの中で一番美味しい♪」

何とおじ様割りやすいように、獲るときに、貝の口に網を噛ませ隙間を作ってくださってる。
イイ男は一味違う♪

2個目は成功。ほらね♪

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三つ目は、レンジでチンしたらカパッと簡単に貝が開き、これもレモンかけて食す。
もう…死んでもイイ・・・。

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やっぱり、ジムは止められません。
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by kaori40712007 | 2012-08-22 23:09 | イイ男シリーズ | Comments(4)

優しさを頂きます♪




左ひざをけがして、スポーツ大好き人間がお家で大人しくしております。


幸い、優しいご近所の親友が、いつでもサポートしてあげると声かけしてくれているので、心強いことこの上ありません。持つべきものは友ですね。ありがたくて、心に沁みます。

人間心がポカポカすると、我儘が顔を出すものです。

泳ぎたい!
踊りたい!
サイクリングしたい!
山行きたい!

気が狂いそうです~♪

山の上に住むREIKOさんが、自家製モロヘイヤにゴウヤ、梅干しを持って様子を見に来てくださいました。わたくしは、彼女のモロヘイヤが何よりの好物。

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早速、お昼に頂きましたよ~。ボールニ杯分のモロヘイヤをさっと湯がいて、おかかとポン酢であえたの、本当に美味しいのです。

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部活帰りの次女がボウル1杯分を平らげてしまいました。御供は炊き立てのご飯に梅干し!

ゴウヤは、わたを取り、薄くスライスしてさっと湯がき、油揚げとごま油で炒め、砂糖醤油、みりんと酒、塩麹と味噌で調味します。とても美味しいですよ。早く治る気がする♪

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弱っているときに優しくしてもらうと、必ず泣きます。隠れてこそっと(笑)。

ありがとう♪
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by kaori40712007 | 2012-08-19 00:37 | | Comments(12)

本当に欲しいものしかいらない♪


(連日、アレクサンドラ・スタンの曲をアップしてますが、お気に入りは背の高いほうのお巡りさん・ラスト左)


友達は沢山いた方が愉しいのかもしれないけれど、互いに理解しあえたり尊敬し合えないなら、居なくていい。

アクセサリーは沢山あった方が、お洒落に幅が出るのだろうけど、安物っぽく美しくないものならない方がイイ。

洋服も同じくたくさんあれば嬉しいけれど、自分を美しく演出してくれないものには手を通さない方がイイ。特別お気に入りの一張羅で十分。

本は沢山読んだ方がイイのかもしれないけれど、字面を舐めるだけなら、考え事をする方がイイ。

お弁当の中身は種類が豊富な方が見た目はイイのだろうけど、冷凍食品や食品添加物で色づけされたものなら入れない方がイイ。「白ご飯に梅干し一個」の美しさで十分。

女も職業を身につけた方がイイのだろうけれど、誇りをもてない仕事なら辞めてヒモジイ方がイイ。

大きな家は快適だけど、掃除が苦にならないこじんまりした風通しの良い家で十分。

もっと美人に生れればよかったけれど、人をイチコロにさせる笑顔を持ち合わせているから、不細工でもいい。

もっとナイスバディになれればいいけど、誰にも負けないハグが出来るからそれで良い。♪

本当に欲しいものは、「通いあう情」だから、薄情な男なら捨ててやる。

・・・・・・・・・・・。

そんな女で私はありたい。(笑)
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by kaori40712007 | 2012-08-18 01:45 | 哲学・生き方 | Comments(8)

レディーファースト♪



西洋から帰国して、一番がっかりするのは、”Ladies first”「レイディ・ファースト」の文化の無い日本。

西洋では、プライベートのみならず、公共の場でも、男性が女性に対し道や座席を譲ったり、ドアの開け閉めを、当たり前のようにしてくれる。ベビーカーを押していた頃、バスや電車に乗り降りしようとすると、どこからともなく男性の手が伸び、ヒョイと上げ下げしてくれるし、何と快適な事か。子育て中は、力仕事が必要と服装もいい加減になりがちだったが、これだけ男性のサポートが受けられるのだったら、お洒落して出かけられるわと嬉しくなったものだ。

これに慣れてしまって帰国すると、当然通してもらえると思い男性の後ろを歩いて、ドアに挟まれそうになったり、エレベーターの昇降口でぶつかったりする。本当に日本の男性は不親切だわね、と憮然としてしまうが、全く悪気なくこれは文化の違いなのだと自分に諭す。

男性に大切に扱われない女性たちが、自分を自分で大切にするかのように、女たちだけの世界を構築していくのが日本文化だ。証拠に、昼間のレストランは女だらけ。百貨店も女性だらけ。男性とランチを楽しんだり、ショッピングしたりする風潮が無さ過ぎるよ。夜は夜で、まっすぐ家に帰らず男同士で飲み歩く人たちがいるけど、もちろんそれもいいのだろうけれど、もっと大人のカップルが多くてもいいのと違うかしら?対極の性にある者同士が互いの教養や感性を交換しあう事はとても大切な事だと思うのだけれどね。

西洋文化圏の男友達は、会う度にその日のファッションについての褒め言葉をくれるし、何を考えどう感じているかということについて互いに理解しあうことにとても敏感だ。レストランでは壁側に座りお洒落が披露できるし、車の乗り降りも女優のように「お尻から乗り込み両足から降りる」ができちゃって、本当に気持ちが良い。

もし、互いにしっかり向き合う付き合いがあれば、自然と相手を尊重し大切に扱い扱われるようになるのでしょうけれど・・・レディファーストが定着する事はこの国においてあるのかしらねえ?
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by kaori40712007 | 2012-08-17 00:00 | 文化・娯楽 | Comments(0)

不安症♪

「不安症」なる病気が蔓延しているそうな。まあこれだけ世界的に不況が続き、人災・天災の連続では、先行き不安になっても仕方が無いのであるが、過度の不安は、絶え間なき血管の収縮を生み出し、全臓器に負担をかける。筋肉も緊張しているため常に肩こりや頭痛のタネとなる。

それぞれに事情があるだろうが、いつも不安にさいなまれている人の特徴は、「我が!我が!」と言った傾向があるように思う。いつも自分の事や、その周りで起こっている事ばかりに、異様に執着があり、「まあ、そういうこともあるわな。」と、受け流せない性質が不安を呼ぶのだろう。

例えば夫の帰りが遅いと、「どこぞで、なんぞを・・・?」などと疑う妻と、「遅くまで働いてくれてお疲れ様!」と相手を慮る妻とでは、たとえ夫達に同じ現象が起こっていても、結果は大きく違ってくるように思う、帰宅時夫を迎える妻の表情が全く違うはずで、そういう事の一つ一つの積み重ねが夫婦の関係を長年にわたって作り上げていき、栄える家庭と衰退するそれとに大きく分かれて行く。過度な不安は周りの者をも巻き込んで、不幸への切符を切ることになるであろう。

実家で同居していた父方の祖母は「不安」の塊のような人だった。朝起きれば、お通じがなければどうしよう、と不安になり、家族が仕事や学校に出かける後ろ姿を、もし事故にあったらどうしようと見送り、嫁が買い物に出かければ、留守中ガス漏れがあったらどうしようと不安になり、夕食は、食卓にいない、帰宅せぬ家族の事が心配で心配で仕方なく、その後はもし熟睡できなかったらどうしようかという事ばかりで頭がいっぱいになる。皆が寝静まった深夜一晩中、泥棒が入らないかと、家中の鍵をガチャガチャ確認してまわるという人だった。そんなに暇なら、ボランティア活動して、世の人に喜ばれる様な労力の使い方をすればよいのに、とよく想ったものだ。

祖母を愛してはいたが、「おばあちゃん」と一緒にいる事は、非常に精神的負担を強いられることだった。


自分の事ばかり考えていては、結局は自分を縛りつけ、とてもしんどい生き方になる。
いつも自分が主体だから不安も一手に自分が引き受けてしまうことになる。
肩の力を抜いて、周りの心配も少しはしてみれば、「不安の分散」になり、多少は不安から解放されるのではないかな?

常々、不安の元凶は自らにあると思っている。仕事における不安は、先見性の無さや段取りの悪さ、不断の努力不足勉強不足によるものだし、将来に対する不安は、現状に対する不満から来る。愛する人の心を繋ぎとめておけないのではないかという不安は、相手に対する自分の愛情不足や、自己研鑽の不足による自信の無さからくるもの。

もし不安にさいなまれたら、まず目先のことに精進すべきなのではないかな。一つ一つのことに対して丁寧さを積み重ねれば、絶対元気や力が湧いてくるはず♪
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by kaori40712007 | 2012-08-15 05:30 | 健康 | Comments(2)

Call me ♪ バイセクシュアル♪



カナダのトロントに住んでいた頃、娘たちの小学校にお迎えに行くと、「男のお母さん」が御迎えに来ているご家庭があった。別に本人も周囲も変に意識することなく、「男のお母さん」は地域に溶け込んで皆と仲良くしていた。ちょっと毛深い感はあれど、艶つやロングヘアの綺麗なお母さんだった。トロントは同性婚を認めており、街にもレインボー通りというゲイたちが住む一角があり、年に一度のゲイパレードは、街をあげての一大イベントであった。


常々、老若男女、古今東西、あらゆる種の動物において垣根のないのが心地よいと思っているので、ゲイの人々に何ら偏見は無い。嗜癖、性癖を、いたずらに捻じ曲げて、世間一般に合わせようなどとする必要がどこにあろうか。一風変わっている人や物というのは、誰の迷惑にもならない、むしろ人々の思考や感性を柔らかくし、自由な発想への導き手であるくらいだ。


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皆と一緒というのは本当に窮屈だ。義務教育からはじまって職場に至るまで、征服というものを着たことが無く、個性を発揮できたことはとてもラッキーだった。今になって、子どもの所属するスポーツ団体で、無理やりお揃いの応援Tシャツを着せられた日にゃあもうげんなりである。だいたい形を整えなきゃ一致団結できないなんてのは、眉唾ものである。得てして心はばらばらで、自分さえよけりゃあいいと思っている者の集まりだったりする。

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カナダでは、身体障害者も堂々としている人が多かった。「おい、俺は身体が不自由なんだから、手伝ってくれよ!」って感じでごく普通に人の手を借り、端っこなどに、引っ込んでおらず、自己主張をしておられた。違いを受け入れ、互いを尊重する自由さは気持ちよい。

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ゲイの友達は、たいてい才色兼備で繊細で優しい。だからわたくしは彼らが大好きなのだ。
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by kaori40712007 | 2012-08-14 13:27 | 文化・娯楽 | Comments(4)
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楽しい日々♪


by マダムSadayacco
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