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カテゴリ:社会( 10 )

ゆるキャラ『くまもん』の経済効果♪

次女に、お誕生日に何が欲しいか尋ねた所、「『くまもん』の竹刀」ときた。

「はあ~???」

そう、あの熊本県のゆるキャラ「くまもん」の型押しの入った竹刀二本組¥3,500。
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「奈良の『柳生堂』さんの竹刀はしっかりしていて、メンテナンスもきちんとしてくれるから1本¥2,200でも、高いと思わず大切に使っていたけど、こんなの通販で買って大丈夫?」と、一抹の不安もあったが、さすが九州剣道盛んな地だけあって、物も確かでしたよ。

バースデープレゼントだから「デザイン」にお金を払ってもイイのだけれどもね、それにしても『くまもん』人気はすいごいですね。何でもその経済効果は300憶円、PR効果に至っては1000憶円以上というからすごい。
各都道府県がこぞって、創作する「ゆるキャラ達」。ゆったり、にぶ~い雰囲気が癒しを与えるのか、その愛らしさゆえか、子どもも大人もすっかり虜。佐賀県の「とっとちゃん」は、深夜放送で不謹慎な発言をしたとして活動自粛中とか、とかく話題作りに余念が無い。目だちゃイイってもんじゃぁないでしょうに・・・。
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なんでもないこんなデザインのどこにそんな力があるのか、私にはあんまり理解できないのだけどもね。



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by kaori40712007 | 2013-11-30 09:50 | 社会 | Comments(0)

イラク帰還兵♪



ベトナム戦争で父を失い、貧しさの中、家族を養うため、イラクへ赴いた彼は、身体にも心にも傷を負って帰還した。アメリカの軍隊は、バディ(相棒)と、運命共同体、仲間のためには命を投げ出す教育を受けるという。彼の相棒は爆撃にあった時、胴体が上下に分断され、その直後、両手で地を這うように逃げ惑い、息絶えた。バディの向き出た眼、血なまぐさい戦地の匂いが、今もずっとついて回る。自分だけが生き残った罪悪感、バディを助けられなかった贖罪の念が、纏わりついて離れない。焼夷弾の音が常に耳なりするので、いつも音楽を聴いているか、歌を口ずさんでいる。

弾が貫通したふくらはぎを見せてくれた彼、射入腔と射出腔の焼けただれた跡が痛々しい。貧しさの中から人殺しをさせられたことへの怒りは、今も心底にくすぶっている。何の罪もないイラクの人を撃った事があるという。命令だから引き金を引いた。一線を越えてしまった後、鏡の中の自分に、獣の目を観るという。愛国心などと言う、おめでたいものの為戦地に赴いたのではない。貧しさの中から抜け出す一心だった。母親に少しでも楽をさせてやりたいという孝行心からだった。本当に愛すべきは、差別や貧困、憎しみや争いの無い国なのだと彼は言う。

退役軍人年金は受け取って入るものの、アメリカには住まず、アジアを転々とし、日本に辿りついて経済的に成功し、物質面でとても恵まれた生活を送っている彼。貧しさからは解放され、戦争の無い国に住んでもなお、彼は戦争から解放される事は無い。わたしは、湾岸戦争はテレビでしか知らないのよ。傷ついた魂を、せめて精いっぱいの笑顔でそっと抱きしめてあげようと思った。

新緑の美しい、穏やかな住宅街を、犬の散歩をしながら聴いた哀しいお話し・・・。
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by kaori40712007 | 2013-05-14 19:45 | 社会 | Comments(2)

笑ってはいけない♪ ベルギーのTV番組"ブーメラン"の悲劇



笑ってはいけない時に笑ってしまって、成功を棒に振ってしまった男性の何とも気の毒な話である。

医療ミスで声帯に障害を負った出演者の声に、笑いが止まらなくなった司会者の態度は、まったくもって、常識外れであるが、「不謹慎な!」と言う言葉だけでは片づけられない、人間感情の不安定さ、コントロールの難しさを物語っている。状況が深刻であったり、厳かな雰囲気であればある程、一旦不可思議な笑いのツボにハマってしまうと、そこから抜け出せなくなる経験は誰にでもおありだろう。

その昔、職場の同僚のお父上が他界され、通夜に一緒に参列した仲間は、父を失った同僚の気持ちを思い、身体を震わせ泣いていた。ところがしばらくすると、彼女は「ヒヒヒ」と、鳴き声と違う声を出し始めた。「ヒヒヒヒヒ・・・・」。「どうしたの?正座で痺れがキレタ?」と、小声でたずねると、肩を震わせ、ある一点を指差すのだ。指先をたどると、前の紳士の黒い靴下にぽっかり穴が開いているのが見えた。わたしにはさほど面白くもないのだが、笑いのツボにハマった彼女は苦しみ悶えて笑いを押し殺している。泣き笑いにメイクはくちゃくちゃ、とうとう声が抑えきれなくなり、周りの人たちに挙動不審を察知されたので、彼女を連れて外へ出た。笑いが収まってから戻ろうとするが、参列しようとすると笑いが再開する。結局、早々に引き揚げることになってしまった。彼女によると、笑っているというよりも横隔膜の痙攣が止まらず、場に反した表現の露出に拷問にあっているようだったというのだ。

医療ミスの被害者である出演者は、司会者の心ない「笑い」によって深く傷つけられる。ご自分の変化した声によって、普段の生活で何度となく笑われる事はあっても、カメラが回っている生放送の場では、決してそういう事がない筈で、心置きなく医療ミスの実態を報告できるはずであっただろう。不本意にも他人によって傷つけられた我が身を、司会者とオーディエンス達によって、共感してもらい、加害者を糾弾する場であったはずの被害者のお二人は、悲しみと怒りに震えただろう。

オーディエンスの多くは不快感をあらわにした。良心的な人がいかに世の中には多いかと言う事が分かる。この司会者の失態の最大の原因は、心底相手の身になる習慣が、忙しさや自分の成功の大きさにかき消されてしまった事だろう。

人を公然と侮辱する形となった司会者は、テレビ業界から完全に干されてしまう。
幸福の象徴である「笑い」も使い方によっては、人を傷つけ、自らを貶める凶器となるわけだ。
気をつけようっと。
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by kaori40712007 | 2013-05-04 16:13 | 社会 | Comments(0)

”悪(ワル)”は、世間と時間が抹殺してくれる。

長女が、電車で体を触られ、しかし満員なので、はっきりしたことが言えず、憤慨しながら帰宅した。腹が立って仕方がないというのだが・・・。

「現行犯でないと、今頃家で怒っても、何にも変わらない。それどころか、あなたは長時間にわたって、そいつから体を触られているのと一緒。そういう卑怯者に現場でどうのこうのと言っても、言い逃れされるし、ひょっとしたら冤罪かもしれないし、運悪ければ逆切れされ危ないめにあう。そいつが悪(ワル)なら、あなたがどうのこうのしなくても、いずれどこかで罰せられる日が来るのよ。今できる事は、次に同じ目に逢ったら、即座に身をかわすにはどうしたらいいか考えること。不快な思いをさせる人からはすぐに逃げ、関わらないこと。本当に災難だったわね。サ、暖かいお茶と美味しいスイーツで気分変えよう。♪」

私が初めて痴漢にあったのは小学五年生の時。犯人は担任の男性教師だった。

彼は放課後何かと理由をつけて我が家に来るようになった。私は学業成績が良かったし、学級委員もしていて、友達も多く外で元気に遊ぶ子だったから、教師から個別指導受けるような生徒ではなかった。へらへら笑いながらやって来て、小一時間ほど母と世間話をしてスゴスゴ帰っていく。「お母さん、もう先生が来ても家に入れないで。用事があるのだったら学校で会いましょうと言ってよ。」動物的な勘で何となく嫌なので母に乞うと、そういうことに非常に鈍感な母は、「あなたは先生から見込まれているから、わざわざこうして会いに来てくださるのよ。」と嬉しそうなのである。母は愚鈍だ。そして、ひょっとしたら先生と変な仲なんじゃないだろうなとさえ勘ぐった、小学5年のわたし・・・。

ある時いそいそやって来る教師が見えたので、母に居留守を使おうといったが「そんな失礼な事をしてはいけません。」といい、応接室に教師を通した。母がお茶の用意をしに行っている間に、教師はわたしにこちらに来るように、とソファの横に座らせ、太ももに手をかけ身体をひき寄せた。
「吐きそう!」と不快感を覚え、「お茶を持ってきますから!」と身をかわし、母にその事を訴えたが、母は「勘違いよ。」と、笑い飛ばした。でも私は、即座に応接室に戻り、「先生、用が出来たから今日はお帰りください。」といい、教師を帰した。その後、教師が来るたびに、雨戸を大きな音で締めるようにして、二度と家に入れることはしなかった。母には、もしだれもいないときに教師が来ても絶対に家に入れてはダメだと諭した。それでも思い違いよと笑っている母には呆れたが、今までにも大きく的外れな言動のある母には特に気をつけないとと諭した。

自分の身は自分で守らないとと学んだこの事件には後日談がある。

15年後、ゴルフの打ちっぱなしで偶然小学五年の同級生の男子と隣り合わせとなった。久しぶりの再会に話がはずんだ。

「知ってる?五年の担任の先生、クラスのメガネ美人のK さんに、放課後の教室で身体を触ったとして懲戒免職になったんだよ。」

「あいつ~、あたしの身体にも触ったよ、家まで押し掛けて来てね。今思い出してもむかつくんだけど、あたしが何かしなくてもちゃんと世間が抹殺してくれたのねえ~。あ~せいせいした。」
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by kaori40712007 | 2013-02-21 08:05 | 社会 | Comments(4)

ひろきくんに心臓移植を!

 その昔、長女が血液の難病に侵されていた時、神様にすがってお願いしたものです。「神様どうぞ、わたくしの命と引き換えにこの子の病気を治してください。」と。幸い、奇跡的に自然治癒し、今は文武両道まっしぐらの高校三年生。神様に頂いた命を、大切に懸命に生きています。神様はわたくしの命も奪わず娘も健康にしてくださった。辛い想いをしている世界中の子どもが救われればいいのにといつも思っています。
 
「拘束型心筋症」という、50万人に1人の発症とされる心臓の難病をもつ、ご近所の「ひろきくん」。この度幸いにもコロンビア大学で心臓移植をしてもらえることになりました。

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詳しくはこちら⇒http://hiroki-sukuu.com/

渡航費や手術代など1億4千万円が必要で、平成24年10月19日現在の募金総額は、67,564,132円。急を要するのに、まだまだ必要額に達していないため、中学を代表して次女は募金活動に参加しました。それは沢山の方が募金してくださったそうです。

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今晩は好焼きのつもりだったけど、豚の生姜焼きに変更ねえ。
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by kaori40712007 | 2012-10-21 18:17 | 社会 | Comments(0)

二階から卵を投げつけられる♪

「チャイナタウンを歩くときは、片言でもいいから英語で喋り!」

10年前、カナダで生活していた頃、カナダ人に嫁いだ日本人友達YOKOが、教えてくれた。
彼女が日本人友達と、チャイナタウンを日本語をしゃべりながら歩いていると、道路わきの建物の二階から、「ジャップは、日本へ帰れ!さもなければぶっ殺す!!!」などと罵倒を浴び、卵を上から投げつけられたというのだ。

髪の毛にまとわりついた生卵をふき取りながら、身を守るため、走り去ったそうだが、南京大虐殺などで、かつて日本人がした事を思えば、子孫のわたくし達が受けても仕方が無い行為だとも思うと彼女は言う。その行為のみ見れば腹の立つ行為だが、憎しみを憎しみの目でもってかえしては終わりが来ることは無い。卵を投げたからといって、消える事の無い憎しみを持たねばならない相手に同情するとYOKOは言った。

尖閣諸島を巡る怒りにより、日本人がラーメンを掛けられた云々の事件で、ふと思い出した移民国カナダでのこと。

当時ワールドカップの決勝戦で、韓国と日本が争うことになった日、カナダ、トロントのコリアンタウンでは、人々は皆赤いTシャツを着て、街宣車が国歌をならし駆けまわり、人々は集団でパレードをし、機動隊が出る大騒ぎになった。

この日も、YOKOは、電話をして来てくれ、「コリアンタウンを、赤く無い服を着て、子どもたちと歩こうものなら、身の安全は保障されないよ。今日は絶対あちら側には出かけないようにね。」と教えてくれた。

集団心理とは恐ろしい。一つイデオロギーに多くの人々が結集したとき、その想いによる行いは全てよしとされる危うさを持つ。愛国心、一致団結と言う名のもとに、敵対集団の一構成員に攻撃を仕掛けて何の得があろうか?


普段の生活でも思うのだが、人も物も一所に帰属させてしまったり、ひとまとめにしてしまうのはいかがなものか?国籍だの肌の色だの、人間がつくったちっぽけな階級だの何だのに、ひとくくりにされるほど窮屈な事は無い。そんな狭い考えが争いや暴力、強奪や迫害などの歴史を繰り返させる。

「自分さえよければ良い。」!?

「ラーメンかければ、スッとする。」???

ああ、あほらし。
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by kaori40712007 | 2012-09-15 15:09 | 社会 | Comments(6)

What’s Going On ♪



ブログで知り合ったカメラマンのso-what?さんの記事にこの歌が取り上げられていました。
http://ameblo.jp/knock-me-a-kiss/

Marvin Gayeが、ベトナム戦争から帰還した弟の話をもとに作ったものとは知りませんでしたし、とてもスタイリッシュな旋律にこんな歌詞が含まれているとは思いもしませんでした。


友人のアメリカ人は、ベトナム戦争で父を亡くし、貧困ゆえに自らもイラクに出征し、多くの戦友を亡くし、そしてイラクの人々を死に至らしめたと言います。帰還した後もずっと、耳についた兵器の音に悩まされています。祖父は、シベリアの捕虜時代、筆舌につくせぬ体験をし、今わの際まで、その事に苦しみ続けました。捕虜の父を待つ家族も飢えに耐え、子どもらしい幼少期を送れなかったのです。周りを見回してみても戦争の犠牲者はたくさんいます。語り部がいる今は、歯止めが効いているだろうけれど、戦争を知らない人たちが大勢を占めた時、同じ過ちを繰り返さないとは限らない。

「戦争」や「人種差別」、「暴力」や「貧困」からは、何も得るものが無いという事を、次の世代に確実に伝えて行くことが、わたくし達の大きな使命だと思っています。何も大きな事を成し遂げなくてもよいのです。そんな事は器の大きなお方に任せておきましょう。まずは、自らの子孫に、確かな教育を施すことでしょう。

諍いの絶えない家庭に育った子は、「争い」を日常のものとしてとらえ、大人になれば必ずこれを実践します。
悪口や不平、不満、非難の言葉を聞いて育った子は、「差別主義」の根を張ることとなるでしょう。
蔑まれ、叩かれて育った子は、自分より弱いものに復讐する機会をうかがう大人になるかもしれません。
怠惰や無知が当たり前の事のように育った子は、生涯富を築く事はないでしょう。

「まずは自分の一番近い人から、大切にする。」

大切に育った子どもたちは世界を大切に育ててくれることでしょう。



日々の生活に追われても、時間を割いて、「子どもたちの話を聞いてやる。」「イイ子でも悪い子でも丸ごと受け止めてやる。」「これ以上素敵な笑顔はないというほどの極上ものを我が子に向けてやる。」

そんな些細な事から始めて行って、親のない子をも、大人達が出来る範囲で頑張って支えて行くと、国力は増すと思いますね。大人達が子どもたちに与える愛情は、与え過ぎるという事は決してない。燦々と降り注ぐ太陽の光のように、優しい雨の様に与えてやるべきなのです。懐の深くて大きな大人でいて、自らも瑞々しく生き、子どもが将来に希望が持てる手本となるべきなのです。

今年、日本は神から大きく試された一年でした。文字にするにはあまりにも大きな多くの犠牲を払いましたが、それを乗り越え前に進むには、人の情が一番大切であった事を誰もが知りました。


いまこそ「人間力」が必要とされるときではないでしょうか?
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by kaori40712007 | 2011-12-27 00:05 | 社会 | Comments(2)

経済の活性化♪


東日本大震災以来、国民はそれぞれ自分の身の処し方を被災者のみならず考えたと思う。

第一次産業従事者の多い東北が受けたダメージは全国に波及している。農家や漁師たちが

以前の仕事に戻るまでには国家がその生活を保障しない限りどうにもならないことは周知の事実。


とにかく財源確保が急がれる。現地に行って手伝えない者は、寄付で援助をする。一般人から

多くの義捐金が集まっているし、企業や著名人達も経済的援助を惜しまず行っている。

海外で同じような状況にあれば、もうとうに物資を奪い合う暴動が起きているところだろうが、

買い占めしている人たちが非難される国である。素晴らしいではないか!

日本人の美徳とする、助け合い譲り合いの精神が如実に表れた今回の震災。国際社会は

これを高く評価していると思う。


ここからが日本の力の見せ所だ。義捐金が集まるという事は各家庭に眠っている「お金」があるということだ。


真の救済は国家に任せておくべきではないとわたくしは思っている。経済の潤っている国家が

強いのだ。血液の巡りの良い人間が健康なように、「お金」が勢いよく循環している国は

体力があるのだ。「景気が悪い悪い」というと人々は財布のひもを固く縛ろうとするが、これがそも

そもの間違い。

バブルの絶頂期を経験したわたくしは当時花のOL!

街は活気づき、女たちは華やかで美しかった。高度経済成長期の女たちがそうであったように。

情報に勢いがあり、生産量も購買欲も雇用も何もか最高潮に達し、国民は有頂天になった。



当時の政府内に急激な土地価格の高騰をコントロールできるブレインがいなかったために、

バブルを崩壊させてしまったが、金の流通量と物価の均衡を上手く操れる識者がいれば、

一人一人の国民がちょっと財布のひもを緩めると、経済は必ず活性化し健全化するすると信じている。


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ジム仲間は、ダンスを楽しく踊って、美しさも保ち、お買い物もすすんで楽しみ、日本の活性化に

一役かっている。


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明日食べるコメのあるものは街に出て、消費活動に積極的になって見ることが何よりの復興の

一助になると思う。
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by kaori40712007 | 2011-04-04 12:19 | 社会 | Comments(4)

  昨日、地震以来初めてスーパーに行った。震災による市場の混乱を聞いているので、買い控えを兼ねて、
家にある物で可能な限り生活して見た。最も、週に一度の宅配業者は、いつも通り配達してくれたので、買い
控えているというと嘘になるが、それでも、発注数は極力減らした。農家から分けてもらう米も、被災地に優先
的に回して頂くようお願いし、パスタやジャガイモ、パンなどを食卓に多く出し、コメの消費を控え、干物食品を
多く使った。子どもたちは野草を摘んで来てくれた。庭に自生するハーブ類を普段より頻繁に使いビタミン補
給してみた。



 そうしていたら16日間スーパーへ行く必要が無かった。家中の食物が空になったので食料調達に出掛けて
驚いた。飲料水の品不足のため購入数量の制限が、一世帯当たり2ℓのペットボトル2本までと出ていた。


ここ京都で、何故、今、飲料水の買い占めが必要なのか?

原発事故の恐ろしさをマスメディアを通して知った視聴者が、いつ訪れるともしれない非常時に備え、今まさに
飲料水が無くて死に瀕している人たちがいる悲惨な状態を知っていながら救援物資を買い占める。


なんとも寂しい気持ちに襲われた。


レジで、非常時に備えた商品をカートいっぱいに詰め込んでいる人たちをみて、被災地に送るために買いこんでいるのよねと自分に言い聞かせてみたりした。


アナウンスが流れた。


「ご利用いただきありがとうございます。お客様のニーズにお応えした品ぞろえに努めたいところですが、被災地へ優先的に物資を提供すべく、通常以上の仕入れを控えています。特に飲料水が不足しており、出来るだけ広く多くのお客様に行きわたるよう、制限をもうけさせております。何卒ご協力のほどお願いします。」


はちみつレモンやカシスソーダを時々作るので、炭酸水をカートに入れていたけど、陳列棚に戻した。


物流が混乱する理由にはいろんな要因があるけれど、「自分さえよければ良い。」という気持ちが引き金にな
る事は多々ある。自分の事ばかり考えている人間が、当面の水をため込んで生き残っても、多くの善良な人
たちが絶えてしまったら、忽ち立ち行かなくなる事を知っておくべきである。世の中が平和なのは、人の事を想い生きている人間がいるからだとわたくしは常々思っている。
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by kaori40712007 | 2011-03-29 09:28 | 社会 | Comments(4)

被災者が望むもの

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東日本大震災の惨状が連日報道され、被害者の数は増すばかり、直接現地へ行って

救済することなしに、自身の日常生活を優先している事に罪悪感を覚える。


16年前、阪神大震災で被災したときの事を思い起こすと、ありがたかったのは、

プロフェッショナルな援助と、欲しいものをタイムリーに与えてもらえる事で、中途半端なものは

はっきり言って迷惑だった事だ。


すぐに給水車を提供してくれた行政には感謝したし、偶然断水しなかった民家が水道栓を

終日解放してくれたことは、乳飲み子を抱える身にはとてもありがたかった。

大病院に負傷者が溢れかえる中、水が無くても不眠不休で診察してくれた町医者の笑顔は

今でも忘れない。


何とか生き続けるためにする事は山ほどあった。ひっくり変えた家の中の危険物を取り除く作業、

たんすの下敷きになっている隣人を助け出す作業、地域住民の安否を確認する作業、自身も

40度の熱が出ていたが、病人を病院に連れて行って医者に指摘されはじめて身体の異常を

感じた。恐怖と緊張でアドレナリンが体内を満たしているとき、人は気丈でいられるのだ。



テレビで放映される惨状を見て心配した知人から安否を気遣う連絡がひっきりなしに届くが、

やることがいっぱいある中、少しの時間を見つけて休んでいるときに電話で起こされるのには

閉口した。心配していただくのはありがたいのだが、お尋ねだけで何の援助も無いのならそっと

しておいてほしいというのが本音だった。



何もしないでじっと待つ事も救助の一つだと思う。今はヒートアップしているが、人々はやがて

忘れ、その事に無頓着になる。この度に命を失った方は非常に気の毒だと思うが、生きのこった

人々が抱える現実もとても厳しい。何年もかかってその傷を回復していかなければならないのだ。

今回の震災でも「こんなことなら海に呑まれてしまった方が良かった・・・。」と言っている

被災者がいた。これからが大変なのである。疲れがたまって来るから。救済に大きな力を発揮

できないものは、せめて、プロ達が思いっきり作業が出来る援護射撃としての経済的援助に

寄与すべきである。人々が艱難に立ち向かっているときに、寄付金をだまし取ろうとする輩がいるのも

確かだ。それぞれが、有効に寄付金を活かしてくれる所を吟味し対処すべきだ。





瓦礫の中をかき分けて水や食糧、おむつや毛布を持って来てくれた母や妹への恩義は一生

忘れない。肉親のありがたみを思い知るのも非常時だ。



そんな中でもとても嬉しい電話があった。被災地の近くに住む親友の妹だ。独身で頑丈なマンションに

一人住まいだった彼女は、姉の親友である乳飲み子を抱えたわたくしを、着の身着のままで

いいから一家でおいでと言ってくれた。事態が収拾するまでいつまでいてもいいからと言ってくれた。

「何も心配することない。こんな時だから、全て私に任せて!」と言ってくれた。

その言葉に大きな勇気が湧いた。最期には守ってくれる人がいると思えるのはとてもありがたいこと。

「なんとかやって見て、ダメなら助けてね、ありがとう。」と返し、踏ん張れた。



人間というのは水分補給し排泄する動物だと思い知ったのが震災時だった。

そして、生き残るためにとてつもない力が湧き、団結する生き物でもあるのだ。

被災地にいる人間は、インフラが遮断されるため、自分の身に何が起こっているかが

分からないというのが現状である。何が起こっていて、どうすればよいかが分からないなりに、

必死で生きのびるのである。



情報が錯綜する中メディアの力が試されるときでもある。ところで、先日の朝日新聞の一面に

瓦礫の中で座り込む泣いている女性が写っていたが、下着が見えている。

事の大きさに紛れて、人権を無視しているよと一言いいたい。混乱の中にも節度を弁えて報道

すべきである。
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by kaori40712007 | 2011-03-15 07:54 | 社会 | Comments(0)
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楽しい日々♪


by マダムSadayacco
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